はすむかいの恋人
喧嘩ばかりしている。きっかけなんていつも些細なことばかりなのに。
原因は、とうに分かり切っていた。枝葉末節までこだわる俺と、波にのって漂泊する藻屑のように暢気なあの馬鹿じゃあ、どうしたってウマが合う筈がないのだ。
*
「だってさあー、もうすげえ腹が減ってマジ辛くて」
「だから佐介に行った訳か、部活を放り出してな、あぁ?」
腹を押さえながら大げさに背中を丸めて、今にも死にそうな顔を作ってみせる期待のエースを見て、俺は今すぐにその突っ立った髪の毛を抜き尽くしてしまいたいという衝動に駆られた。いや、美味いと評判の「佐介」のラーメンでさぞかし一杯になった腹に十発程蹴りを入れるコースでも悪くないのだが。しかしそれよりもきっと、トレードマークの髪の毛を一本残らずむしりとってやった方が奴にとってはダメージになるだろう。けれども、優しさ溢れる俺は、頭の中で仙道が泣きながら髪を拾い集める姿を想像するくらいでどうにか我慢してやった。
「あの佐介特製ラーメンってやつ、ものすげえうまかった。なあ今度行かねえ?」
「ああ行くよ。植草と二人で」
人の話を無視してはいけないと、この男は小学校で習って来なかったのだろうか。いや、それよりも現在の奴の行動様式を見ていると、小学校へきちんと通ったのかどうかも定かではないとさえ思えてくる。覚えている限りでは、義務教育9年間のあいだ常に5分前行動などと教えられてきた気がするが、仙道は5時間遅れて来たことすらある。そんな奴の全く持って時を得ていないラーメン屋への誘いに俺が冷たい一言をくれてやれば、仙道は一瞬押し黙った。
──反省したか? いいや、そんなタマではない。パターンだ。
「あ、そうだ。越野、今日うちに泊ま…」
「死ね!」
とうとう我慢し損ねた俺は、仙道のすねに踵を思い切りがつんとくらわせて、背中を向けた。体育館には同じ2年生が部活終了の挨拶を済ませて談笑しながら戻っていく姿がぽつんぽつんと残っていた。その中から同じクラスで仲の良い植草に向かってわざと明るく声をかけ、その坊主頭と肩を組んで体育館を出た。バカが後ろですねを押さえて睨んでいるだろうことを背中で感じ取っていながら。
渡り廊下で額に当たる9月の風は存外に強く、汗ばんだ前髪が急速に冷えていく。越野はひとつくしゃみをした。
喧嘩ばかりしている。俺と仙道は、ウマが合わないのだと信じて疑わない。
なのに、俺はそんな犬猿の仲とも言える仙道の家に泊まって──キスもするしセックスもする、俺と仙道は、もう一ヶ月も前からそんな関係なのだ。俺の仙道への貧弱な怒りの火は、大体それで消されてしまうパターンだ。
……面白くない。こんな俺と仙道の関係は、奇妙でないと言えるだろうか。
*
結局あの後、半ば仙道へのあてつけのように無理矢理植草を誘い、スープ切れギリギリに「佐介」に行き、佐介特製ラーメンを食べた。評判なだけあって随分味はよかったが、そんな目の前の好物とは裏腹に俺は顔中に怒気を表出させていたようだ。「越野…不味いの?俺は美味しいと思うけど…」などと、植草がやたら恐る恐る宥めてきた記憶がある。
特製ラーメンも植草も何ら悪くはない。悪いのはあの190センチのサイヤ人野郎だ。
いつにもましてこんなに腹が立つのはおそらく、つい三日前くらいにも似たような喧嘩をした覚えがあるからだった。疲れた体でやっと自室のベッドに腰を下ろしたとき、それを思い出して、満腹の胃がことさらもたれたような気がした。それはつい半月前、仙道の部屋でテレビを見ていたときのことだった。
『つーかよ、中曽根サン、可哀想だと思わねえ?』
『…何で?』
『だってさぁ、戦時中からいたんだぜ?教科書にも載ってんだぜ?』
『それがどうしたんだよ』
『だからさぁ、そういうすごい人に向かって、年よりは要らねえみたいに突然言い出すなっつー話』
人が珍しく少し高尚な話をしているというのに、仙道はごろりと寝転がったまま手遊びに月バスをいじくっていた。仙道の態度に早くも苛つきつつ、聞いてんのかよ、と俺は次の言葉を促した。
『俺だったら80越えたら引退するけどな』
『80でバスケが出来るかよ』
『政治もそうじゃねーの?』
『俺が言いたいのは、もうちっと敬意を払えってことだよ!』
『アメリカじゃもっとキツイって言うけどな』
『ここは日本だ!』
自分と180度違う仙道の見解に腹が立って仕方がなかったので、そばのクッションを仙道の顔に向かって投げてやった。いや、俺だって17歳の高校二年生だ。自分と違う意見を尊重してやることぐらいはできる。ただし、その相手が仙道でなく、食い違う頻度が一日に数回でなければ、の話だ。結局それから延々三十分、現代の政情、そこからはたまた飛んでシャンプーの銘柄についてまで俺たちは言い争っていた。一方は、相変わらず落ち着いた口調だったけれど。
しかし俺の苛立ちはその一時間後、耳たぶに感じる舌の感触でもって仙道にさらわれてしまった。腰を砕くような深いキスの後、抱き上げられてベッドへ向かっているときにはもう、仙道にほだされてしまっていたような気がする。
改めて言うまでもないが、俺と仙道の性格を表すベクトルはまるっきり逆に向いている。だからいつも喧嘩ばかりしている。なのに仙道は、その後に必ず、狙いすましたようなキスとセックスを仕掛けてくるのだ。それでもって、俺の怒りは、訳が分からないうちに鎮圧されてしまうのだ。まったくもって仙道の思うままじゃないか。そんな奴がもうずっと面白くないのだと思う。
そんなことを悶々と考え仙道に対する怒りをいっそう露にしていると、カバンの中の携帯のバイブが音を立てた。ベッドに寝そべっていた身体を少しも動かさずに、手だけでのろのろとそれを取り出した。わざとゆっくりと対応するのは、その相手が誰なのか予想できるからだ。時間と状況とをもって、メールを見なくても判ってしまうほど奴と近しいのだと自分で判ってしまうことにさえ、今はむかむかと腹が立った。
案の定、諸悪の根源である仙道から、メールが届いている。それを開くボタンの動作すら憎憎しく思ったけれど。
『悪い。昼休み寝過ごして、昼飯食えなくて腹減ってた。練習前に学校抜け出そうと思ったけど、失敗した。ゴメン』
文字列を最初から最後まで眼で追って、一気に肩の力が抜けていく。
「……バカじゃね…」
はあ、と溜息をつく。あんなに大きな手をちまちま使って小さな携帯電話に文字を打っている姿を気の抜けた頭で思い浮かべると、ほんの一瞬だけ笑ってしまった。俺はそのまま携帯電話をベッドの海に放り投げ、枕に顔をうずめた。何だ、できんじゃねえか、と思う。エロ技を使わなくとも、あいつは俺の怒りを昇華できるのだ。そう思うと一種の脱力感に見舞われて怒りを手放しそうになったけれど、俺はその数秒後はっと気付いてすぐにその脱力を再度噴気に変換した。──そもそも、自業自得ではないのか。自業自得なら昼飯くらい我慢し、自分を叱咤して部活に望むべきであるのがエースというものではないのだろうか。
そう思い始めたときに丁度、ベッドを伝ってバイブの振動を頬に感じた。すぐさまそれを手にとって中を覗く。
『あと、明日泊まりにこないか。金曜だし』
思わず携帯電話を真っ二つにへし折ってしようかとも思った。危ない、今となりに奴がいたら、間違いなく殺していたところだ。あいつ如きに殺人者になるという屈折した人生だけは勘弁して欲しい。俺は一瞬、完全他殺マニュアルを購入するという妙案にまで行き着いたが、またもやクールな俺がそれをかろうじて押し留めた。大体、何が「あと」なのだろう。この男は、俺が自分を許してくれるという前提に基づいてこのメールを付け足したのだろうか。考えるだけで3回は殺人者になれそうな怒りがふつふつと沸き立ってくる。
先ほどの直謝りにほだされそうになった自分を慌てて奮い立たせ、俺はありったけの握力を込めて携帯電話の電源を消した。勿論、二通のメッセージは消去済みだ。
結局あいつは、自分が折れた振りをしながら、俺が自分を許すように差し向けているのだ。眉唾でかからない限り、またいつものように不意打ちを食らってあの大きなダブルベッドに倒れこんでしまうのだろう。
俺は、携帯電話を充電もせずに放り投げて、布団に頭まで潜り込んだ。あたたかい空気に眠気がじんわりと昇ってくる。真っ黒な世界の中で、ふと思い当たることがある。
一体いつから、この奇妙な関係は始まったのだろう。思い遡って、つい一ヶ月と少し前、仙道が俺に最初のキスを仕掛けたときのことを思い出した。
考えてみれば、ひどく初歩的な問題のように思えたが、しかし、今まで一度もそのことについて考えたことはなかったのだった。口付けられて、口付けて。俺は、そのとき…。
──ああ確か、あのときも。そう考えているうちに、眠気が波のようにやって来て、何度か船を漕いでいるうちについに耐えられなくなった。明日の朝起きた後には、気になっていたことを忘れてしまっているかもしれない。忘れてしまった方がいいのかもしれないなんて、卑怯に思っている俺もいるのだろうと頭の隅でぼんやり思った。
*
何かが引っ掛かっているようなモヤモヤした感じが、一日も終わりに近づきつつある今までもうずっと続いている。何かを忘れてしまったことは分かるのに何を忘れたのかが思い出せない、無理矢理言葉にするとそんな具合だ。
朝練に、今日も仙道は遅れてきた。三日に一度しか定刻どおりに顔を出さない男だけれど、今日のは幾分、タイミングが悪かった。朝練が終わったあとの片付けの時に、制服のまま入り口に現れた仙道は、眉を困ったように下げながら、十秒後に出くわした茂一の説教を食らっていた。あともう少し早く、或いはもう少し遅く着いていれば茂一と出くわすことはなかったのだけれど、俺はそんな仙道をいい気味だと思うことにした。体育館の入り口の横っちょの方から茂一の呆れの混じった怒鳴り声が聞こえてくる。叱られている途中だというのにだらしなく緩んだ目元がちらと俺の方に向けられる、そんなことが何度もあったが、思い切り不機嫌な顔をして顔を背けてやった。眼の隅で奴が俺を追っているのが分かった。
「越野、何怒ってんの?」
朝練後のひっそりとした部室でそう聞かれて、俺は怒っている振りをした。振りをした、ということは、本当は怒ってはいないということだ。けれどもこのゴムのようにゆるい仙道の思うままに振舞ってしまっては、またいつものパターンなのだろう。
「自分の胸に聞け」
俺が何で怒っているか知らないような男なら、確信犯の遅刻を繰り返したりするはずがない。冷たく言い切った俺に、仙道はまた、朝と同じような微笑で答えた。
「…サボリなんていつものことだろ」
「だからやってもいいのかよ、随分いいご身分だな」
思ったより棘のある言葉が口から次々と飛び出してくる。仙道がこんな応酬で怒らないことは分かっているけれど、俺は一度空いた口にファスナーをするのはあまり得意ではなかった。
「分かったよ、明日はちゃんと来る。…悪かったよ」
「うそつけよ、お前俺が何でも許すと思ってんじゃねえよ! 」
言っているうちに湧いてくる怒りに身を任せてしとどに声を張り上げた。誰もいない部室には声が響く。幾分挑戦的な眼をして仙道を見上げると、珍しくその表情が曇っていた。おそらく、俺が本気で怒っているのだと思っているのだろう。今までは軽く見られていたのかと思うと、怒っている振りが振りでなくなっていくのを感じる。けれど仙道はそんな怒りに同値のものを何も返すことなく、
「…そうだよな、…ごめん、越野」
と言って、貼り付けたような珍しい笑みを浮かべた。そうして、眉根を寄せているのに口許は無理に上げた表情で曖昧にふと笑って、悪い、と言い残して踵を返して歩いて行く。その後姿を見ながら、俺は奇妙な疑問に襲われていた。仙道はどうしてこんな表情──こんな、悲しそうな表情をしているんだろう? ――ボタンの掛け違いのようだと、そう思った。俺と仙道は、本当は真っ直ぐ向き合っているのではなくて、お互いにどこか全然違う方向を向いているのかもしれない。
仙道が部室を出て行ったのちも、その後から着いていく気になれずに、そのまま部室のパイプ椅子に腰を下ろした。ふー、と深く息をつく。かび臭い部室の隅に置いてあるこの椅子の周りには、今にも倒れ落ちてきそうなロッカーが囲んでいる。ふと、この景色に見覚えのあることに気が付いた。いや、毎日通っている部室なのだから見覚えがあるのは当然だが。しかしそんな見慣れた、つまらないこの場所に重ねるのは不自然な経験が、そのときひとつ思い出された。つい一ヶ月前にこのパイプ椅子に腰掛けて見上げた視界には、鼻と鼻が触れ合うくらいにまで近寄った仙道の顔があった。
『好きなんだ、越野が』
『…好き? どういう意味だよ』
素直にそう聞いたのが間抜けと言えるのかもしれない。その他でもない告白の言葉を、そのときの仙道の表情と照らし合わせて見れば、聞かずとも分かることだったのに。パイプ椅子に座ってタオルで手遊びをしながら、眉根を寄せて聞き返した俺の言葉に答えることなく──厳密に言えばソレが答えだったのかもしれないが──仙道はついと俺に近づいて、唇を重ね合わせた。視界一杯に広がる仙道の瞼、顔にかかる薄い影。角度を変えて何度も口付けられるその感触に俺は思わず眼を固く瞑った。自分から舌を絡めれば、仙道の熱いそれは少し驚いて、しかしその後は奥へ奥へと追うようにして捕らえてきた。つん、と上あごをつつかれる感触に、肌がぎゅうと締まるような危機感がある。
その後だ、奇妙な関係が始まったのは。仙道が俺を怒らせる、反省の色も無いような顔をしてゆるく謝る奴に、俺はキスやセックスをもって許してしまっている。それはすべて、告白のときのキスから始まっていると、初めて俺は気付いた。珍しく真摯な、そして真っ直ぐな眼で見つめてきた仙道に、俺は。
「――返事、してねえや…」
誰にとも無く呟いて、思う。ああ、俺の方だ。…面白くなかったのは、それはつまり自分に対してだ──何かが弾けるようにして分かった気がした。キスやセックス、そんな恋人じみた行為が俺に仙道を許させている理由が、自分自身でまだ分かっていなかったのだ。好きだと言われて、口付けられて──言葉もなく、ただキスを返したときのままで俺は止まっていた。
そう考えた瞬間口許に笑いがこみあげた。キーンコーンカーンコーン、部室の向こうで、一時間目の終わりを告げるチャイムが悠長に鳴り響いている。つい50分前に仙道が見せた、あの痛いのをこらえるような表情のわけも分かってしまい、その余りの長閑さにまたクスクスと吹き出してしまう。何て馬鹿らしいことだろう──俺の返事を促すことすら出来ない男だなんて誰が思う? やっぱり俺たちはお互いに、どこかずれた場所に向かって話しかけていたような気がする。はすむかいに居るそんな俺の、恋人、に早く会いに行かなければ。──ひとつ、大きな伸びをして、立ち上がった。
*
残ってろ、と着替えながら一言言うと、仙道は俺の方を見て一瞬眉を潜めたが、すぐに観念したように2、3回軽く頷いた。囚人服を着ているかのような仙道が何だか気の毒で、そうじゃないと言わんばかりに背中をトントンと軽く小突いてやったけれど、結局仙道は困ったように苦笑しただけだった。どうやらボタンは本格的に、掛け間違われているのかもしれない。
植草が心配そうに俺と仙道をちらちらと見ながらオロオロしているのに、大丈夫だと顔だけで笑いかければ、少し安心した様子で部室を後にして行った。深刻な喧嘩をしているとでも思っているのだろうか。つい何時間か前には、俺もそう思っているつもりだったけれど、これは喧嘩なんていうほどのものではない。越野は可笑しさをこらえて、ふうと溜息をつきながらパイプ椅子に腰掛けた。
「…越野」
「ああ、」
「悪かった、お前が嫌ならもうしない」
あのな、と話を切り出そうとしたが先に一息に話されて声を出しそびれた。仙道は棒のように突っ立って、右手で自分の襟足の辺りに手をあてがいながら少し下を向いていた。
「仙道、」
「怒らせもしねえし、…お前に触れることも、もう金輪際やめる。今までのことは謝るよ、だから…今まで通り、親友で居て、欲しいんだ」
「……」
「…もう駄目か?今まで嫌々あんなことされて、友達だとはやっぱり思えないか?」
「ああ、友達だとは思えねえな」
パイプ椅子に寄りかかりながらそう言うと、仙道は顔をあげてこっちを見て、押し黙った。まるでダブルスコアで負けたかのような、今まで無いくらいに絶望的な顔をしていた。
「自分、何か勘違いしてね?」
「……」
「お前さ、俺がお前のこと許すの見て安心してたんだろ。俺が…返事してなかったから不安だったんだろ」
言うと仙道はうんともすんとも言わずに、ただ神妙な顔つきをしてこっちを見ていた。初めて見る、そのあまりの心もとなさに耐え切れなくなって、俺はついにぶははっと思いっ切り笑いを噴き出した。
「お前、馬鹿じゃねえの!」
「……なにが」
「俺が、嫌々男にヤられてたと思ってたわけ?うわー、超ネガティブ!根暗!」
「……」
「あのなあ、ダチ相手に盛るかよ!アホ!」
いつもはその穏やかな顔に似合わず頭の回転が恐ろしく速い奴なのに、仙道はどうしてかいつまでもよく分からないという顔つきをしていた。いや、よく分からないというよりも、まだ信じられないといった方が正確かもしれない。…とか言う俺も、つい先程気付いたのだという事実は、この際割愛しておくことにした。
俺はわざとらしくはぁー、と溜息をついて、寄りかかっていた椅子から背を離し自分の膝に肘をついて、俯いた。
「ちょっとさ、こっち来て」
下を向きながら言うと、仙道は一歩、足を踏み出して止まると、しかしそれからゆっくりと近寄ってきた。部室の今にも消えそうな電灯の光が仙道の体に遮られて、足元に影をつくる。仙道のバッシュが視界に入って動きを止めた。
不覚にも心臓が少し速く鳴っていたけれど、それをぎゅっと我慢して。下を向いたまま、さっきとは一転、かすれそうな声を出した。
「返事。…オッケーだっつってんの。…言わなくて悪かったよ」
悪いがこれが限界だ。ふと、俺の頬にゆっくりと乗ってくる感触は仙道の手のひらのそれだった。その甲の上に左手を当てながら、意を決して顔をほとんど真上に上げて仙道とようやっと向かい合えば、情けないほど嬉しそうに笑いかけてきた。
喧嘩ばかりしていた。理由なんて本当に、くだらないこと。いつも暢気に俺を怒らせる仙道を、俺は怒鳴っては許しキスをしながらベッドに倒れこむ、なんて、その馬鹿馬鹿しい遠回りのような繰り返しは。
…あながち不毛でもなかったのかもしれない。ウマが合わないと思っていたその恋人に、はすむかいじゃない、今度こそ真正面から唇を寄せた。
[end.]
4/29/2004 12:42 PM